<能勢町>
能勢町観光協会HP抜粋
縄文時代には既に人々が暮らし、「日本書紀」雄略天皇17年の条(5世紀頃)に「摂津国来狭々
村」の古名で文献に初めて登場する。町内には国、府に指定されている仏像など数多くの文化財
が残っています。 また200年もの間庶民によって語り伝えられ、国選択無形民俗文化財に指定さ
れている「能勢の浄瑠璃」、日本三大歌垣の「歌垣山」、国天然記念物の「野間の大ケヤキ」など
悠久の歴史と自然のすばらしさをのんびりと周遊してみませんか。
町の四方を囲むのは、町一番の高峰、深山(標高791m)、剣尾山(標高784m)妙見信仰でも
知られる妙見山(標高660m)、三草山(標高564m)、日本三大歌垣のひとつといわれている
歌垣山(554m)などの山々。そして、猪名川流域の山辺川、一庫大路次川、野間川、田尻川
の清流が田園を豊かに潤します。
能勢町は町全体が田園と自然のギャラリーのようなものです。三草山の周辺は、点在する民家
と溶け込んだ景観となっています。また妙見山のブナ林もすばらしい自然のパノラマで、山頂
から北西斜面にかけてブナ林が群生する様は、自然の偉大さを感じさせてくれます。
町のあちらこちらに自然が残る能勢町は、生きものたちにとっても楽園です。シカや特別天然
記念物のオオサンショウウオ、モリアオガエル、極めて珍しいヒロオビミドリシジミなどの
蝶類、他では見られない希少な生き物を自然の中で見ることができます。
*岐尼神社
大明山麓の森に鎮座する岐尼(きね)神社は「延喜式」神明帳の能勢郡の項に「岐尼神社」と記さ
れている。以後社名については「岐尼・枳根・杵禰・杵大明神」とも記され、また、近郷では杵の
宮とも呼ばれていた。 岐尼の神が社殿南側の小丘、天神山に降臨のとき、里人は臼の上に「杵」
をわたし、荒狐をしいて迎えたといい、新殿を造ってここにお遷しし「杵の宮」と名付け祭祀した
という。この伝承には「杵」という社名につながる意味がこめられている。
*道祖神
神社の社庭に、かつて森を作った老松の古木が保存され、その奥に土祖人舊跡を刻した古塔が
祀られている。道中行路の守護にあたると共に、村外から襲いきたる諸魔物を防いでくれると
いう。古塔に覆いかぶさる「ヒイラギ」の老樹、その針で害虫・悪霊を追い払う意味とされる。
*才の神峠と道標
この峠には、町最古の寛文11年(1671)の道標をはじめ、ほかに道標が4基みられる。またその
頃と思われる「法華石塔」さらに「石仏」・「庚申塔」など、安全をしみじみと噛み締める峠道でも
ある。峠の頂上から道が八方向に分岐するのもみられる。道標中の「有馬」「銀山」
「いけ田」
など、名湯、鉱山、酒造りへと通う人々の要衝の峠道であった。
<日本の棚田百選>
Wikipedia抜粋
1999年7月農林水産省によって選定された棚田の百選である。保全のための整備活動の推進や
農業や農村に対する理解を深めることを目的とし全国117市町村・134地区の棚田て選定された。
*近畿地方: 滋賀県; 畑(高島市) 京都府;毛原(福知山市)袖志(京丹後市)
奈良県;稲渕(明日香村) 和歌山県;蘭島(有田川町)
大阪府;下赤阪(千早赤阪村) 長谷(能勢町)
兵庫県;岩座神(多可町)
乙大木谷(佐用町) うへ山(香美町) 西ヶ岡(香美町)
棚田は山腹などの急傾斜地に作くられた棚状の田の事。山間地で急峻な土地まで開田している
場合には、田は幅の狭い帯状になり、その上・下段の田との間はかなり高い垂直の壁がつくられ、
これらは石などで保守されていて、その形が棚のようにみえる。棚田は等高線に沿ってつくられ
るので、いわゆるテラス栽培の一種である。また、山腹などに小さい棚田が沢山作られている
情景から千枚田ともよばれる。棚田の耕作には農具、肥料、資材の運搬に多くの労力を要する。
<三角点情報>
国土地理院
*三草山 564.0m 三等三角点 (点名:三草山) 34°57’23″
N 135°22′33″E
以上
|