鳥見山

 

参考地図 (フレーム順:東〜北西〜南西)

榛原駅〜旧旅籠・あぶらや〜R165信号〜小鹿野センター〜三路分岐〜弁天さん〜

〜弁天さん〜登山口〜鳥見山公園〜見晴台⇔山頂往復〜公園〜宮垣内〜

〜東海自然歩道〜P528・高束城跡〜口倉神社〜初瀬ダム〜

〜長谷寺〜駅

地理院地図・電子国土Web  Scale  100m  <行程は約6時間、14Km>

 

付属資料

<鳥見山・とみやま>
鳥見山は『日本書紀』神武天皇四年二月条によれば、神武天皇が皇祖神・天神を祀った場所
である霊畤(まつりのにわ)という伝承に登場し、榛原という地名の由来である。山頂の南側
に鞍部を経て雌岳がある。
 △鳥見山; 四等三角点、鳥見山(点名)、標高 734.4m、N34-33-1 E135-56-26

桜井市外山(とび)にはもうひとつの鳥見山が存在する。山頂の標高は245メートル。西麓に鎮座
している式内社の等彌神社が山上に鎮座していたとされ、神武天皇にまつわる伝承も同様で
あり、山中に碑などもある。北麓には宗像神社が鎮座する。本居宣長は、「本来鳥見山は外山
を指すが、鳥見という名の地域は広く、そこで(萩原)榛原のあたりまでも鳥見山中と言った」
という説を示している。     
WikipediaExtracted


<鳥見山公園>
鳥見山(735m)の頂上近くにあり、勾玉池を中心とする高原上の自然公園です。園内には
神武天皇聖跡伝承地の顕彰碑や歌碑があります。春には数千本のつつじの名所として知られ、
山桜も美しく咲き、秋は紅葉が格別です。展望台からは眼下に大和盆地、宇陀の山容を一望
でき、静寂な聖跡からの眺めは絶景で、多くのハイカーに人気があります。 
(宇陀市HP)
 
<高束城跡・たかつかじょうせき>
この城は桜井市にあります。東海自然歩道が通る山中にあり、現地の立看板と現地までの道標
で「高束城」の表記を見ることが出来ます。現地の看板によると、昌泰元年(898)、長谷寺に
関係した藤原家賢が居所として築城したのが始まりで、戦国期、藤原順賢の代に松永久秀の攻
撃を受け永禄7年(1564)に落城し、順賢は討ち死にします。この出典が古文書によると・・・と
書かれていましたが、実際の話かどうかは分かりません。
城の概要としては、今回メインで踏査した跡部分以外も、東海自然歩道に沿って点在しており、
今回、5段の削平地を確認しましたが、西方面の眺望が良い場所になりますが、防御性はあまり
感じることはできませんでした。

東海自然歩道は西の桜井方面から東の榛原方面へ抜けることが出来る道で、戦国期、その道
を抑える役割もそれぞれの城で担っていたのだろうと思います。また北西には龍王山城があり、
松永方の利用が考えられます。 
近畿の城跡・城郭、戦国を中心に「歴史研究会」HP抜粋

<初瀬ダム・はせだむ>
初瀬ダムは昭和63年3月に完成した多目的ダム。奈良県桜井市初瀬にり、大和川水系大和川
にある奈良県が管理する洪水調整、河川維持、桜井市の水道用水を目的とする堤高55mの
重力式コンクリートダム。 ダム湖はまほろば湖と命名され、最大貯水量は439万立方m、
有効貯水量は374万立方m。

洪水調節;
ダム流域における日雨量209mmのとき基本高水流量300立方m/sのうち220立方m/sをダムに
貯留し、80立方m/sを放流することで大和川下流域の洪水を防ぎます。

河川維持用水;
 下流既得用水、及び河川維持用水として、かんがい期(6月15日から9月15日の間)は日量
最大51,840立方mを補給します。その他の期間は日量25,920立方mを補給します。

上水道用水;
 桜井市上水道水の水源として、初瀬ダムにおいて8万立方mの容量を確保し、日量2,500立方
m取水が可能となります。                             
(奈良県HP)

 

<調査歩行 19/11/23>

目治し地蔵尊・榛原署隣 (例会では別経路に取り付く)

登山口への途中で額井岳・戒場山を遠望

鳥見山公園/ rollover 見晴し台

鳥見山雄岳・三角点/ rollover 貝ケ平山への縦走分岐

高束城跡/ rollover 高束/タカツカ/山

初瀬ダム湖/ rollover ダムの堰堤

長谷寺/ rollover 紅葉狩りで賑わう

ゴールの長谷寺駅 (急坂の上にある)

 

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