参考情報
<明神山>
王寺町観光協会HP
王寺町の明神山は標高273.6mの低い山ですが、山頂では360°の大パノラマがひらけ、
5つの世界遺産を目にすることができます。大阪府側では世界遺産の百舌鳥・古市古墳群や
あべのハルカス、空気が澄んでいれば明石海峡大橋も見渡せます。ふもとの明神山鳥居から
山頂まではおよそ40分。
奈良県景観資産に登録され、令和2年度「日本遺産「葛城修験」−里人とともに守り伝える
修験道はじまりの地−」にも認定されました。
<葛城修験> 葛城修験日本遺産活用推進協議会HP抜粋
7世紀、その麓の地である現在の奈良県御所市で生まれたのが役行者(えんのぎょうじゃ)です。
役行者は、修験道の開祖であると言われていますが、その役行者が最初に修行を積んだのが
この地です。
世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部である奈良の大峰山は、役行者が「葛城修験」を
開いた後に移った修行の地であるとされており、「葛城修験」は、この大峰山とともに、修験者
たちにとって最も重要な行場であり、必ず修行しなければならない地であるとされてきました。
この地には役行者開基若しくは役行者作の仏像がある、役行者を本尊とする、または役行者の
母の墓がある...等役行者にまつわるエピソードが残る寺社や祠堂が数多く存在します。
役行者は、また、この地に法華経8巻28品(品<ほん>=仏典の章や篇)を1品ずつ埋納した
とも伝えられており、その法華経が納められた1〜28番の経塚と滝や巨石、寺社や祠などを
巡って行う修行や行場を総称し「葛城修験」と呼ばれています
<日本遺産・亀の瀬>
柏原市HP抜粋
「もう、すべらせない!〜龍田古道の心臓部「亀の瀬」を越えてゆけ〜」は、三郷町から柏原市へ
のびる「龍田古道」と共に、その道のなかで地すべりが繰り返されてきた難所「亀の瀬」をテーマ
にしたストーリーです。
「龍田古道」は、古代において奈良の都と大阪を結ぶ重要な道であり、関連する龍田山、龍田越
えは、万葉歌に登場するなど当時の心情を映すキーワードでもありました。そうしたキーワードに
なった理由に、龍田古道からの風景の美しさ、眺望の良さなどもありますが、亀の瀬近くの峠付近
が「恐(かしこ)の坂」とも呼ばれていたように、地すべりの危険や恐怖と隣り合わせの道でもあった
からでしょう。
かつては亀の瀬にある亀岩の横に宝筐印塔が並んで建っていたということですが、亀の瀬の南に
ある明神山を最終地とする記録もあるなど、不明な点もあります。現在では亀の瀬にある竜王社
を最終地として修行者が訪れています。
<亀ノ瀬トンネル>
かつて日本の国有鉄道関西本線の河内堅上駅
- 王寺駅間に存在した、全長下り線699m・上り線
703mの鉄道トンネルである。1924年に輸送力の増加に応じ複線化が行われたが地盤の悪さから
1932年1月に大規模な地すべりが発生し、亀ノ瀬トンネルを含め周辺の路盤は土砂に飲み込まれ
て地形が変わり、復旧の見通しが全く立たない状況に陥った。同年2月、鉄道省では亀ノ瀬トン
ネルの使用を中止した。
トンネルは完全に崩壊・埋没し失われたものと考えられていたが、約80年の時を経た2008年
大和川河川事務所が地下水を排水するためのトンネルを設置するために山を掘削したところ、
亀ノ瀬トンネルの一部がほぼ原形をとどめた状態で発見された。
<三角点情報>
国土地理院
*明神山 273.6 三等三角点、点名(西山) 34°34'
26 ″ N 135°40′33″E
以上
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