如意ケ岳・長等山

 

参考地図 (フレーム順:西〜東)

BSー霊鑑寺〜楼門ノ滝〜大文字山四つ辻〜

〜四つ辻〜雨社大神〜如意ケ岳〜分岐⇔長等山P354〜

〜分岐⇔長等山P354〜三井寺分岐〜三井寺総門−京阪三井寺駅

地理院地図・電子国土Web  Scale  100m

 

 

<調査歩行 26/1/10>

霊鑑寺 (真如堂前BSから東に上がる)
波切不動
鹿ケ谷に倒木が続く
楼門の滝横を詰めて俊寛僧碑に出合う
大文字山四つ辻から北へ辿る
林道と如意ケ岳への径が交差、初めての標
如意ケ岳・水準点 P472 /rollover 航空設備
長等山 P354
三井寺への分岐
三井寺南院脇に「如意越起点」

 

 

参考情報

<如意ヶ岳 にょいがたけ>

*京都の東山にある標高472mの山で、五山送り火で有名な大文字山の主峰です。大文字山
は如意ヶ嶽の西峰(標高465.4m)にあたり、この一帯は古くから信仰の山であり、戦国時代の
合戦地「如意越」や山城跡、かつて大規模な山岳寺院「如意寺」があった場所。  
Source AI


*如意ケ岳は東山三十六峰の一つでもある。東山三十六峰は京都盆地の東に位置し、北は
比叡山から南は稲荷山まで、南北12kmにわたって連なる山々の総称で、言葉の成立当初は、
具体的に36の峰をさす意味ではなく、なだらかに連なる東山の山々を見て、大凡36ほど連な
っていようかと例られた。1936年の大阪営林局「東山国有林風致計画」に於いて「東山三十六
峰」の山名が具体的に記述され、史料としてはほぼ最古のものである。  
Source Wikipedia


*如意ヶ嶽は標高472メートルで、山頂は京都市左京区粟田口如意ヶ嶽町。他の表記・呼称
は如意ヶ嶽、如意嶽、如意岳、如意ヶ峰(にょいがみね)、如意山(にょいやま)など。また
如意ヶ嶽は京都市左京区と滋賀県大津市の境ともなっており、鹿ヶ谷から池ノ谷地蔵を経て
園城寺へ至る山道は「如意越」と呼ばれ、これは京と近江の近道とされ如意ヶ嶽の戦いなど
合戦の舞台になった事があるほか、城跡も残っている。また古来より信仰を集めた山であり、
山中にはかつて大規模な山岳寺院・如意寺(にょいじ)が在った。

支峰(西峰)として標高465.4mの大文字山があり、8月16日に執り行われる京都の伝統行事、
五山の送り火の大文字として著名であり、逸話も多い。この大文字山はその山上から京都市内
を一望でき、ハイキングコースとしても人気がある。

(概要) 京都東山の一峰で、東山の主峰。比叡山を東山に含むか否かについては諸論あるが、
含めないとした場合、最高峰が如意ヶ嶽である。 京都府と滋賀県の県境に位置し、山域は
北白川、浄土寺、鹿ヶ谷にまたがる。京都側の麓はおおよそ、今出川通や丸太町通の東端。
京都市左京区北白川、銀閣寺、浄土寺、鹿ヶ谷辺り。滋賀県側はおおよそ大津市、長等山、
園城寺近辺。北は白川の上流部を挟み比叡山支峰の四明岳、南は南禅寺、山科区となる。

五山の送り火の筆頭、大文字として著名で、また山中にかつて園城寺(三井寺)の別院であった
「如意寺」なる大規模な寺院が存在するなどしており、現在でも山中には信仰の対象となる
施設が多い。また山上からの眺望は素晴らしいものである。

名称の語源については諸説あるが、一つは『諸社根元記』に曰く、「日神岩戸を出てさせ
たまひてその御光顕れ出てたりけるを、八百万神悦びて皆意のごとくなると宣ひしより如意山
と名付く」が名称の元(天照大神が天の岩戸から出るやその御光により八百万の神は喜び皆意
の如くなる)というもの。 今一つは先述の「如意寺」が由来であるとの説。
なお古い文献では、如意の山、如意が峰などのほか、如意宝山、東山浄土寺山などの記述がある。

大文字山山頂は如意ヶ嶽山頂の西方1.3キロメートル強の位置にあり、三等三角点が設けられ
ている。如意ヶ嶽と大文字山は混同されがちであるが、京都市内からは如意ヶ嶽は全く見えず、
大の字の見える山は、西側の大文字山である。   
Source Wikipedia

 

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