くまのこどう・くもとりごえ

熊野古道・雲取越え

2010/4/24-25                                                       5人パーティー(崎田・記)

 JR新宮駅前に前泊、二日目は那智駅→大門坂までバス、三日目は請川→本宮大社→新宮駅までバス
 舟見峠 880m、越前峠 840m(大雲取越え);  百間ぐら 450m(小雲取越え)

 大門坂→那智大社→地蔵茶屋跡→越前峠→小口(泊)→桜茶屋跡→百間ぐら→請川バス停

 小口自然の家  (案内書:和歌山県の山/山と渓谷社)
 二日目;大門坂 8:50発(40分)那智大社・観光20分(30)那智高原上(90)舟見峠・昼食30分(20)〜
      色川辻(70)地蔵茶屋跡(60)越前峠(20)胴切坂(100)小口自然の家16:50着 
Σ8:00, 16Km
 
三日目;宿所 6:30発(90分)桜茶屋跡(45)石堂茶屋跡(40)百間ぐら(25)伊勢路合流(55)〜
       請川バス停10:45着 
Σ4:15, 13Km

 

   
 2004年世界遺産に登録されて以来初の古道に向かった。代表的な中辺路の中でも山路
が続く雲取越えを二日がかりで踏破する事にし、新宮から熊野大社へと辿るコースを仲間
4人と一緒に歩いた。時間的には大雲取越えが7時間、小雲取越えが4時間とある。

 後白河上皇が34回、後鳥羽上皇は28回も熊野へ行幸したとか、天皇、貴族から庶民まで
熊野詣でに関心を抱いて往来したそうだ。深山には旅籠跡、茶屋跡、お堂、霊場があり古
来から雲取越えは難儀な山路だったと想像できる。京や大阪から苦行を続けて熊野を目指
したのは何だったのか?
 
 今回は電車で新宮へ、その日に熊野速玉大社へ参り、熊野那智大社から山に入り、ゴー
ルの熊野本宮大社までを辿った。好天の下新緑の山路は古来からの気が漂っていた。
 
   

円座石/わろうだいし (熊野の神々が座り談笑するという)

 

<大門坂〜熊野那智大社>

 熊野古道は道の世界遺産としては二番目になる308Kmの参詣道である。 伊勢路、大辺路、
中辺路、小辺路等があり、大峯奥駈道は修験道に関係が深く険しい山岳路でもある。
   
 中辺路の東端にある大門坂は観光写真にもある石畳の坂道だ。観光客が案内役の説明にう
なずきながら上ってゆく。 狭い通路や階段を抜けると那智の滝が俯瞰できる那智大社に至る。
周りの山々に溶け込む雄大な景色は見事だ。その隣りの青岸渡寺は西国33札所の一番目に
当たり、寺の側の石段を上がって山道に踏み込んだ。

 

行幸の碑

熊野速玉大社/rollover 行幸の碑

大門坂

熊野那智大社

那智ノ滝

 

<舟見峠〜地蔵茶屋跡>

 那智大社を抜けると那智高原に進む。30年ほど前に全国植樹祭が催された処で、高校生
が遠足に来ていた。駐車場の横から山に入ると上り坂で、石畳の階段が連なってくる。舗装
道路を下に見て北へ進む、小道には一気に静寂が流れ、海風に冷気を感じる。

 やがて舟見峠に至り、早めの昼食を摂る。熊野灘や烏帽子山が俯瞰でき、青空の下雄大な
景観に元気をもらう。 外人の一組が先に出発したが、この日は逆の人にも出遇わなかった。
 少し下ったら舗装道と合流する所が色川辻で、この先を下に辿るが台風被害で迂回せよと
注意書きがある。沢沿いに下ると倒木や土砂が道を塞いでいるが、歩けなくはない。 苔むし
た岩や水の流れが古道の雰囲気を醸す。

 沢を上り返すと再び道路に出る、古道の札はあるが鎖で塞いであり、荒れた路は歩行不能
の模様だ。舗装道を一キロほど進む、丸石や岩がむき出しになり触れば剥げ落ちる岩もある。 
程なくして地蔵茶屋跡、立派な休憩所と駐車場があり、そばに石地蔵を祀るお堂がある。

 

青岸渡寺横から古道に入る

舟見峠の標

舟見峠から熊野灘を眺望

色川辻の石畳路

苔むした石

もろい岩肌

地蔵茶屋跡の休憩所

お地蔵さん

 

<越前峠〜小口>

 道路から分かれ、苔むした岩や水で濡れた急な石畳を上る。やがて石倉峠820mに至り展望
も開ける。東に大雲取山965mがあるが古道は離れて北へと続く。一旦下って橋を渡り越前峠
に100mほど上がる。地元の小学校の卒業遠足と記した記念板が沢山あり、おらが山を表わし
ている。

 ここがピークで宿所の小口までが長い下りとなるので、休憩も長めにとる。 胴切坂と呼ばれ
る坂をゆっくりと300m程下る。 楠ノ久保旅籠跡付近は苔むした石積み跡が沢山ある。 熊野
本宮大社から那智大社迄、昼間一日では無理な行程だから、山中で泊れる貴重な場所だった
のだろう。大正時代まで旅籠が営まれ「豆腐あります、風呂湧いてます」が宣伝文句だったそう
だ。

 更に下ると「円座石」と呼ばれる大石があり、三つの梵字が彫られている。 般若心経を唱え
て修行する場だそうだ。大木に囲まれ、苔むした石の上で、熊野の神々が集うと信じたそうだ。
なんとも幽玄な雰囲気があり、本日のハイライトになった。

 杉や檜の植林帯を抜けると、小口の部落が見えてくる。古い中学校を改造した「小口自然の
家」が宿所で、高い天上や長い廊下にはふんだんに木材が使われ、立派な建物だ。皇太子も
若い折に泊ったとか、写真が飾ってある。1〜5人組の20人くらいで夕食を摂った。

 

越前峠の案内板

旅籠屋の石塀跡 by T.S

越前峠への急坂/ rollover

胴切坂/rollover

お地蔵さん

苔むした地蔵/ rollover

小口自然の家に泊る

 

<桜茶屋跡〜百間ぐら>

  二日目は霧がたち込め肌寒い、陽射しに透けて尾根が浮かび、奥深い山での朝を迎えた。
早めに小雲取路を越え、熊野本宮大社まで足を伸ばす予定で朝6時半に出発する。

 小和瀬の橋を渡り、民家の横から山径に入る。緩やかな尾根路は広く、大雲取越えのよう
な石畳路は少ない。程なく桜茶屋跡に至り、東屋で一休みする。昨日通った楠ノ久保旅籠辺
りの白装束の人数を見ながら、餅をつき夕餉の支度をしたと案内板に記してある。北へ進む
と石堂茶屋跡や賽の河原地蔵などが続き、途中で亡くなった人を供養したらしい。

 ピークの小雲取山を過ぎると舗装道と交差し、上り返して百間ぐらに至る。 赤い布を纏った
地蔵が絶壁の上に立ち、西には大塔山の鋭峰や大峯山脈が眺望できる。如法山を西に巻き、
参詣路の伊勢路と合流すると緩やかな下り坂が始まる。 やがて請川の部落が見え、大きな
熊野川の河原が近づいてきた。 二日間に亘る雲取越えを終了、請川バス停から本宮大社に
向かった。

 

朝霧がはれる

桜茶屋跡

死者を弔う塚

百間ぐら

伊勢路と合流

広い古道

請川から見る熊野川

 

<熊野本宮大社>

  神社の周辺は整備され、道の反対側に大きな木造の「世界遺産熊野本宮館」が建っている。
石段を上がり古式豊かな本宮大社に参る。熊野式と呼ぶ独特な桧皮の屋根は優美で厳かに立
ち並び、古来から人を惹きつけた神聖な雰囲気が漂う。
 大きな御旗に神の使者と言われる八咫烏(やたがらす)が標されて立っている。旧大社の鳥居
は十年前に竣工、34mの日本一の鳥居にも烏が付いている。(サッカー協会の標章も八咫烏)

 庶民は海や陸の難路を辿り、精神世界の安穏を求めて最奥の熊野に詣でたのだろう。1200年
の伝統に裏付けられる熊野信仰、人々のパワーは今も社や道に溶け込んでいるように感じた。

 

日本一の鳥居

熊野本宮大社

御旗には八咫烏(やたがらす) /rollover

 

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